プロフィール

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はじめまして!

kenと申します。

 

今現在は東京でサラリーマン
として働く、ごくごく普通の
40代の1児のパパです。

 

ただ、普通のサラリーマン
と違うのは、1ヶ月で約10万円
パソコン1台だけで稼ぎ出している。

 

という点が普通のサラリーマンの
からすると、ちょっと変わっている点
かもしれませんね。

 

副業でそんなことをしている
サラリーマンは少なくとも
僕の周りにはいませんでしたから。

 

僕がなぜパソコンで副業を
始めたのかというと、
これまで働いてきた環境のことを
話さなければなりません。

 

ただ理由を簡単に一言で表すとすれば

現在の収入を増やしたかったから。

これが一番の理由です。

 

働き方改革が叫ばれてからというもの、
残業を少なくする動きが様々な企業で
出てきました。

 

僕の勤めている会社も例外ではありません。

 

以前はブラックと呼ばれる働き方も
まかり通っていて残業代だけで給与の倍を
もらうなんてこともありました。

しかし、現在ではそんな働き方は許されず、
残業は減る一方。同時に僕の財布の中身も
減る一方です笑

 

つまり僕がネットビジネスを始めた理由、
それは会社の給料が安すぎて家族を
養えないからなんです。

 

ちなみに、ネットビジネスを初める前は
嫁にはこんなことを言われていたのです。

「友達のAさんのところは、旦那さんが
全部生活費を出しているんだって」

 

「それに比べて私が生活費を
半額払ってるってどうなの?」

 

と言われていました。

 

ぐぬぬ。

 

確かに僕は嫁にお金を入れて
もらっていました。

なにも言えません。

 

あるときはこんなことを言われました。

 

「生活費を折半で払っているのに
なんで私が家事を全部やらないといけないの?」

 

もちろん、家事については全部ではなくとも
やれることはやっているつもりです。

 

しかし、どうしても嫁のほうが
家事をする比率が高いのです。

 

僕はこんな風に嫁にいちいち
お金のことで言われたりするのが
我慢できないというのも理由のひとつです。

 

本当は、嫁にはラクをさせてやりたい。

と思う気持ちもあるんですよね。

 

なので、サラリーマンを続けながら
ブログ副業で稼ぐことにしたのです。

 

この他にもネットビジネスをはじめた理由は
こんな感じです。

 

・先の見えない不安定な生活から脱出したい!

・家族で海外旅行にいくゆとりがほしい。

・外食に自由に行けるようになりたい。

・お小遣いが安すぎて自由にゲームも買えない生活を買えたい!

・副業で稼ぐことで、収入にとらわれずに本業に打ち込みたい。

・会社に依存せず自分の力で稼げるようになりたい!

 

と強く思ったからです。

 

サラリーマンとして働いていたら
一度は悩んだり願ったりする
経験はあるのではないでしょうか?

 

朝9時前に満員電車や渋滞に
巻き込まれながら出勤をして

 

お昼休みはお弁当かコンビニ
もしくはワンコインランチ

 

仕事が暇な時でもみんな
残ってるから、帰りづらくて
定時を10分過ぎてから帰宅

 

お風呂に入って気づけば22時

 

土日は嫁や家族への家族サービス

 

休む暇も自分のやりたいことをやる時間もない

 

こんな生活をあと20年以上も続けるのか・・・。

 

僕は転職も多いし、アラフォーなので、
転職も絶望的で収入アップは無理ゲー。

 

正直言って、発狂しそうでした。。。

 

目次:

1,超絶ホワイトと思いきや超薄給のブラック

2,パワハラ上司のせいでうつに

3,うつになってから気づいたこと

4,派遣社員とギャンブル三昧な日々

5,そして絶望

6、新たな挑戦と環境

7,派遣社員の格差に絶望

 

では、ちょっと長くなりますが、

僕が学校を卒業してから、
結婚して子供を授かり
今に至るまでの話に

お付き合いいただけますか?

 

1,1社目:超絶ホワイトと思いきや超薄給のブラック

 

僕は当時、埼玉県の商業高校に
通っていたため、当然ながら
進学校とは程遠い学力でした。

 

友達の進路を聞いてもほとんどが就職です。

 

また、一部で専門学校に通う
友達もいましたが、当時の僕は
勤勉意欲もなかったのです。

結局、学校の先生に勧められるがままに
とある埼玉の会社に就職しました。

 

その会社に就職してから
配属されたのが事務職でした。

 

毎月の工場内の在庫を棚卸しして、
オフコンという白黒のパソコンで、
管理をしている数字と一致しているか?

 

という地味な事を毎月やっておりました。

 

仕事は物凄く退屈でしたし、
給与も薄給でしたが、約5年ほど
勤務できたのは、ひとえに会社の
人間関係が良好だったおかげです。

 

しかし、就職してから月に1回、
必ず憂鬱になる日がありました。

 

それは給料日です(笑)

 

普通、給料日と言えば、
嬉しくて仕方ない日ですよね。

 

ただ当時の僕は給料日は
最も落ち込む日だったのです。

 

なぜかと言うと、ものすごい薄給の
会社だったにも関わらず、追い打ちを
かけるように給与カットがあったのです。

 

また当時からなんの能力もないくせに
人一倍お金がほしいという気持ちが
強かったことも関係あるかもしれません。

 

僕が事務職に配属されていた時は、
棚卸しのある月末には残業が
発生するため、残業代を入れて
手取りの給与は約15万円ほどでした。

 

しかし、数年後には当時バブル崩壊の
あおりを受けて会社の業績は最悪の状況に。

 

会社が不況のあおりを受けると何が始まるか?

 

それはリストラと給与カットです。

 

当時の僕の上司はリストラ(自主退職)
に応募して退職していきました。

 

僕はまだ数年しか働いていなかったため
会社に残りましたが、給与の15%カット
という収入にかなりの大ダメージがあり、
加えて部署異動で残業が全く無くなる。

という状況でした。

 

当時の手取り月収はなんと10万円ちょっとでした!

 

えっ!?

 

10万ちょっとって何?

アルバイトやん!

そう思いますよね!

 

でも正社員だったんですよね~。

 

当時は、実家住まいだったので、
家賃や光熱費の心配はありませんでした。

 

しかし、実家に給与を入れることも
できずに毎月の車のローンや携帯代などの
支払いを済ませるとほぼ給料が残らない
という生活を送っていました。
(地方なんで車はインフラとして必須です!)

 

そんな生活なので、当然、
貯金なんて全然できません。

マジで毎月、支払だけで
ほとんど遊ぶお金がなかったので、

 

マジでビンボーでした!

 

その当時思っていたことは

「クソっ!もっと金が欲しい!!」

でした(笑)

 

でも、今考えてもこう思うのも普通ですよね。

 

だって手取り10万って(汗)

 

2,パワハラ上司のせいでうつに

 

さらに追い打ちをかけるように
パワハラ上司からパワハラにあい、
会社に行くのがつらくなってしまい、
月に1日~2日を休むようになりました。

 

その上司は僕がなにを言っても
信じてもらえず、自分の言うことが
すべて正しいというタイプの人間でした。

 

僕が何を言っても信じてもらえないので、
上司に何を言われても反論する気すら起きず
ただ言うなりの人形のようになっていました。


いまでもこのタイプの人間に会うと
僕はまったく心を開くことなく、
スルーするようになりました。

もはやトラウマっすね。

 

そんな生活を半年ほど続けていると、
だんだんと朝が起きれなくなってしまい、
布団から出られなくなったのです。

 

猛烈な眠気が襲ってきて、
本当に起きれなくなるんですよ。

 

もちろんそんな状態なので、
出社どころではありません。

すでに20歳を過ぎているにも
関わらず会社には休みの連絡を
母親から連絡を入れてもらう状態でした。

 

マジで当時は本当に
ゾンビのようになっていました。

 

また、朝も起きれないので、
無断欠勤もするようになってしまい、
僕のメンタルと勤怠はぼろぼろでした。

 

会社には休職も勧められたのですが、
休んでも復帰出来る自信がなく、
その後も無断欠勤を繰り返し、
半ばクビのような感じで会社を退職しました。

 

結局、心療内科にかかると「うつ」と診断されて、
メンタルの治療をすることになりました。

ちなみに「うつ」の薬を飲んでいると
タバコがめっちゃまずくなります。

 

当時、医者にタバコがまずい。と文句を言った所、

「タバコ辞めたら?」

と言われぐうの音もでなかったことを覚えています(笑)

(ちなみに今は禁煙して10年以上経ってます。)

3,うつになってから気づいたこと

当時の僕は日々生きることに精一杯でしたが、
一つだけ学習したことがあります。

 

サラリーマンは安定しているが、
会社の業績悪化があればリストラ
されるかもしれない。

給与が減るかもしれない。

 

自分自身が病気になれば、
クビになるかもしれない。

 

つまりサラリーマンって
世の中が言うほど安定してないな。

 

と想ったのです!

 

このことがあってから、人生に対して
悲観的になっていったのを覚えています。

 

4、2社目:派遣社員とギャンブル三昧な日々、そして絶望

 

さて、そんなうつの状態をうまく
ごまかしつつ、僕は派遣社員として、
工場で働いたりして生活をしていました。

 

当時、付き合っていた彼女と
結婚の約束もしていたので、
うまく貯金をしようと
かなりハードな職場で働いていました。

 

どのくらいハードモードだったかと言うと、、、

 

昼の勤務は月曜~土曜まで勤務。

時間は8:15~19:00の10時間勤務

土曜日は8:15~17:00の8時間勤務

つまり週休1日、残業は週に18時間。

 

夜の勤務は月曜~金曜まで勤務

時間は19:00~8:00の12時間勤務でした。

 

夜勤の週は週休2日ですが、夜勤明けが
土曜日なので、
実質1日の休み。残業は20時間。

 

トータル月の残業が76時間。
さらには日勤と夜勤が1週間で
入れ替わるというハードな勤務。

 

給与は手取りで25万は稼いでいたので、
前職の1.5倍は稼いでいた計算になります。

 

ただ、所詮は派遣社員

 

住民税も給与から天引きされませんし、
時給制のため体調不良で休めば
給与は支給されません。

 

しかも、夜勤はキツすぎて土日は
ほぼ体が動きませんでした。


この職場はトータルで3年以上
務めましたが、この時の夜勤の
ダメージがひどすぎて、
後半はもはやある薬に頼らないと
働けない体になっていました・・・。

 

もはやジャンキー(汗)

ちなみに薬の効果は絶大でした(笑)

 

それだけ稼いでいたので、
ガッツリ貯金できました!

 

となると思うでしょ?

 

・・・とはならず、
とあることに散財していました。

 

それは、パチンコです。

 

・・・正確にはパチスロです(笑)

 

酷いときは毎日パチスロに通い、
多いときは1回で10万円ほど負けていました。

 

今考えてもアホですよね。

 

10万円って前職の給与と同じ額じゃん!

 

それをまるっと、たった1日で
パチンコにつぎ込んでいたの
ですから、アホ以外の何者でもありません。

 

ただ、言い訳するわけでもないですが、
この時の職場の同僚は、もれなくみんな
パチスロにハマっていました。

 

中にはパチスロで大負けしすぎて、
必ず給与の前借りをしている人も
いたほどです。

 

給与は週払いなのにも関わらずです(笑)

 

負け額をトータルすると家を一軒立てられる!
と豪語する人もいました(苦笑)

 

5,彼女との破局が絶望と希望のはじまりだった

 

そんな状態なので当時付き合っていた
彼女がいい顔をするわけはありません。

 

僕もアラサーでしたし、
彼女も結婚適齢期でした。

 

そして、僕の誕生月である3月に
とある衝撃的な出来事が起こります。

 

彼女から、こう告げられたのです。

 

「早く結婚したい!このまま
結婚できないなら別れるからね。」

 

焦った僕はこの時、その場しのぎの言葉で
うまくその場を切り抜けました。

 

「わかった!1年だけ待ってくれないか?」

 

「1年で必ず経済的に安定するように頑張るから」

 

当時、派遣社員の出向先の会社では、
ちゃんと働いていると正社員になれる。

 

という「都市伝説」があり、
僕はそれを説明しました。


景気の良い時は採用もあった
ようですが、僕の時には都市伝説
レベルの話まで落ち込んでいました。

 

ただ、実際には僕はこう思っていました。

 

彼女は僕にベタ惚れしてる。

だから口で別れると言ってても、

正社員になれずに結婚できなかったとしても

このまま関係を続けてくれるに違いない。と。

 

その後も趣味というか依存している
パチスロにガッツリと通い続け、
散財をしつづけました。

 

そして彼女との口約束から
約1年後、運命の時が訪れます。

 

いまでも忘れません。

 

その日は僕の誕生日でした。

 

彼女から連絡があります。

 

なんとなく嫌な雰囲気を察知しつつも、
彼女に会うとこう切り出されました。

 

「実は、結婚を前提に交際を申し込まれている人がいるの。」

「だから、あなたとは別れたいの。」

 

寝耳に水でした。

だって彼女は僕に夢中のハズですから!

(今考えるとマジでアホですね。
女性は結婚がかかるとマジでドライですよ(笑))

 

その時の僕は必死に説得しました。

そりゃもう一生懸命でした。

 

だって、本当に大好きな彼女でしたし、
結婚を視野にいれるほど真剣な相手でしたから。

 

真剣に説得したにも関わらず、
状況は変わらず、さらには
トドメのセリフが・・・。

 

こう言われてしまったのです。

 

「1年間だけ待って、って
1年前に言ってたよね。」

 

「でも、1年経っても約束を守って
結婚してくれなかった
じゃない!」

 

こうして僕と彼女の3年半の
交際は終焉を迎えたのです。

 

この時は本当にしんどかった・・・。

 

マジで死んでしまいたいほどに絶望しました。

 

もちろん一番の原因は僕の考えの甘さでした。

彼女に甘え、自分を甘やかしていたのです。

 

彼女と結婚したいと口では
言っていたものの、パチスロに
興じて、真剣に考え行動せず、
彼女を顧みなかったことです。

 

しかし、同時に考えたこともあります。

 

なぜ派遣社員として2年以上も
働いているのに正社員になれないのか?


ということと、

 

やはり経済的な弱者は結婚もできないのか?


ということです。

 

ここから真剣に僕は将来のことを
考え始めます。

 

28歳の時でした。

 

ちなみに別の観点からも学びがありました。

 

女性は結婚がかかると別人のように
ドライに行動できる人もいるのだと(笑)

 

6,3社目:新たな挑戦と環境

 

僕はもともと商業高校出身で
プログラムを勉強していました。

 

学生の時はプログラムは
大嫌いでしたが、手に職を
つけるには最適だと思ったのです。

 

それに当時はプログラマ、
システムエンジニアと
呼ばれる人間は儲かる。

とも言われていました。

 

やっぱり僕の原動力は
お金が関わっていますね。

 

ネットビジネスを始めようと
思ったきっかけも、

金銭的に稼げることに心惹かれたため
始めたのが大きかったのです。

 

当時の僕は、プログラムに
興味もありましたが、

 

「儲かる」

 

と言われていたプログラマや
システムエンジニアになれば、
お金に困らないと本気で信じていたのです。

 

さっそく未経験でもプログラマ
になれるという会社に応募を
しまくりました。

 

当時、僕は群馬で働いていたの
ですが、求人が少なすぎて
会社を休み東京に面接を受けに
行っていました。

 

しかし、未経験のアラサーを
採用するほど、プログラマーは
甘くありませんでした。

 

結局、採用面接をことごとく
落とされた僕は、プログラムを
学べるスクールに通いつつ、
就職を探すことにしたのです。

 

当時、両親だけ東京に移り住んで
いたので、群馬に姉を残し、
東京で親子3人で暮らすことにしました。

 

群馬から都心のスクールに
通うには遠すぎましたし、
なにより仕事がハードだったため
勉強が全然、頭に入らなかったのです。

 

新たな環境で学びながら、
派遣社員として働きながら、
プログラムを習得するべく
スクールに通い続けました。

 

努力の末、とあるソフトウェア開発の
会社に正社員のプログラマとして
入社することもできました。

 

その会社での開発は仕事は大変ながらも
学びが多く結構、楽しく働いていました。

 

しかし、未経験のため会社の給料は案の定薄給

 

正直言って、群馬の派遣社員時代
のほうが稼げていました。

 

なおかつ小さい会社のため、
昇給はあまり望めません。

 

仕事がバリバリできる先輩は
この会社の事をこう言っていました。

 

「この会社アルバイトだよな。
給料安いし、日給制だし。」

 

正直、この開発会社で得られる
ものはあまりなかったですし、
給料が安すぎてとても暮らして
いけないので、1年で退職しました。

 


おいおい!1年で退職かよ!

と思われたかもしれませんね。

 

こらえ性がないと言われれば
それまでですが、実は自分の
やりたいこととかけ離れていたのです。

未経験とは言え、もっと慎重に
考えるべきでした。

 

理由はどうあれ、この時から
僕の転職グセという
負の遺産が
つきまとうことになったのです。

 

7、4社目:派遣社員の格差と絶望

 

そこで一度、会社を退職して、
再び派遣社員として働き始める
ことにしたのです。

 

そこから長い派遣生活が始まるのですが、
このことが後に僕を大いに苦しめる
ことになるのです。


安易に転職を決意してしまう
この短気な正確が元凶
なのだと反省しきり

 

派遣社員として、かなり大手の会社で
常駐して働いていたため、正直、時給は
かなり良かったです。

 

そのため、ランチとかも結構贅沢
していた記憶があります。

 

ただ、年齢もその頃には30代
間近であり、同世代の会社員であれば、
リーダーになっていてもおかしくないです。

 

それが何も考えず派遣社員として
働いているんですから、今考えると
危機感がなさすぎますよね。

 

派遣で働くデメリットで最も罪深いのは、
マネジメント系のスキルが
一切、身につかないことです。

 

そんな派遣社員という働き方の
危うさに気がついたのは、
某外資系企業で働いていた時のこと。

 

その職場、少なくとも僕の部署で
派遣社員で男性は僕だけでした。

 

そして、社員からは「派遣さん」と
呼ばれていました。

 

そんな状態だったからか、
僕は同じ部署の派遣女子からは
半分無視をされるという
謎の村八分状態に合いました。

 

派遣先の社員からは
男のクセに派遣社員かよ

 

さらには、仕事で少しでも
余計な口出しをすると、
派遣社員なんだからでしゃばるな!

 

という無言のプレッシャーを
感じることになりました。

(無言といいつつ、言葉の端々から
見下すような態度を感じた
ということですね。)

 

結局は、同じ会社の中で
働いていても、
日本なのに
インドのようなカースト制度(身分制度)

が存在していたのです!

 

そんなバカな!
と思う人もいるかもしれませんね。

 

ですが、これは僕の知っている会社だけでも
数社は同じようなことがありました。

 

以下のようなヒエラルキーで
構成されているようです。

 

社員(新卒)> 社員(中途) > 派遣社員 > アルバイト

 

だからこそ、日本では就職において
新卒こそが
最大のチャンスであり、
その道を外すと取り返しが
つかない。
などと言われるのかもしれませんね。

 

 

その後、直属の社員の上司が海外に
転勤になったのをきっかけに担当の仕事が
少なくなり、1年ちょうどで契約を
切られることになりました

 

いままで派遣社員で働いた経験の中で
派遣切り」というのは初めてだったので、
結構、ショッキングな出来事でした。

 

その後はようやく見つけた派遣の
仕事の仕事でなんとか食いつなぎますが、
なぜか女性の派遣社員に徹底的に
嫌がらせを受け、1年ちょうどで
契約切りに会う羽目になったのです。

 

もう気分は最悪でした。
はじめて無断欠勤をしたのもこの時です。

 

そんな立て続けにひどい目にあった僕は、
この件をきっかけに僕は派遣社員になることは
2度と無いだろうな。

と思うようになりました。

 

もちろん年齢的に派遣社員も厳しいというのは
大前提としてあったのですが・・・。

 

ちなみに派遣社員は安定していないと
言いますが、本当に安定していません。

結婚を考えている方は絶対に20代
だけにしておきましょう。

 

派遣は基本敵に時給制なので年末年始、お盆、
ゴールデンウィークなどの長期の休みがあれば
給与は激減します
し、契約の長さによっては、
1ヶ月毎に契約を切られることに
ビクビクしながら働くことになるからです。

 

次に働くのであれば、絶対に正社員だ。

そう決意していたのを覚えています。

 

正社員なら契約を切られることもないし、

給与は安定していますからね。

 

当時の僕は安直に考えていました。

 

8、5社目:ブラック企業での長時間労働と絶望

 

やや話が長くなってきましたが、
最後のエピソードなのであと少しだけ
お付き合いください。

 

最後の派遣先から契約を切られる前に
実は転職活動を再開していました。

 

理由は当時付き合っていた彼女。

 

今の嫁のことがあったからです。

 

僕は契約形態の事を話さずに
彼女と付き合っていましたが、
それがバレてしまいました。

 

結婚という話もあったので、
就職をすると約束をしたのです。

 

そんな中、とある会社の面接を受けました。

 

一部上場企業という会社規模もあり、
僕は到底受からないだろうな。

 

と思っていたのですが、
ダメ元でトライしてみたのです。

 

理由はわかりませんが、
一次面接で面接官の人に
とても気に入られてしまい
無事に一次面接を突破。

 

さらに本来の面接フローであれば、
三次面接まであるはずが、二次面接を
クリアすれば内定という話になりました。

 

二時面接はかなりヒヤヒヤしたものの、
無事に内定をもらうことができました。

 

これは僕にとってかなりの誤算でした。

嫌な方ではなく嬉しい誤算です(笑)

 

僕はかなり舞い上がりました!

 

だって高卒という学歴なのにも関わらず、
一部上場企業に入社出来たのですから!

 

入社後は必死に仕事をこなしました。

 

しかし、入社後にあることに気がつき
愕然とすることになりました。

 

それは長時間労働です。

(いわゆるブラック企業だったのです。)

 

僕の入社した部署が新規参入の
事業だったため、事業をうまく
軌道に乗せるために様々な
仕組みづくりなどに注力をしていました。

 

当然、やることは山のようにあります。

 

するとその仕事をこなすために
残業が発生するのですが、
酷い時には毎日のようにタクシーで帰宅

 

帰宅する時間は2時、3時はザラでした。

 

そして、トラブルが発生すると
リカバリのため、土曜日、日曜日も
出勤をするような状態。

 

もちろん僕だけでなく、
周りもみんなそんな状態。

 

初めの方は、入社したてという
こともあり、テンション高めで
仕事に注力していましたが、
だんだんと長時間労働に
疲れてきてしまいました。

 

そんな状況の中、上司のパワハラまがい
の行動でモチベーションもダウンして、
結局、約1年半で
3ヶ月の休職からの
退職となりました。

 

実は連日の長時間労働とパワハラで
僕のメンタル面のダメージはピークで
うつを再発していたのです。

 

ちなみにどれくらいブラック
だったかと言うと別部署の営業
などでは3年間の間、残業時間が
80時間を切ったことがない。

 

という猛者がおり、当然周りの営業も
それをお手本に長時間労働をする
という環境が平然と存在していたのです!

 

ちなみに残業80時間というのは
過労死のデッドライン
です。


あー、僕が群馬で働いていた工場はデッドライン
スレスレだったことに今気が付きました(笑)
3年近くやってましたけどね。

 

つまり会社自体が長時間労働を
自慢するといういびつな環境。

 

さらには、いかに自分が仕事に全力を
注いでいるのかというアピール材料に
なっていたのです。

 


いま考えても異常な会社ですね。
本当にブラックな会社で笑っちゃいます!

 

さらには中途入社の同期が10人
いたのですが、
半年で半分が退職。

 

そのうち僕を除く2人が病院送りでした

 

僕が退職するときには同期は、
たった2人しか残っていませんでした。

 

 

せっかく一部上場企業に
正社員として就職することが
できたのに、意味がなくなったのですから。

 

僕は真剣に悩みました。

 

例え一部上場の企業に正社員として
就職できたとしてもブラック企業に
就職すれば体を壊します。

 

どんな有名企業に務めていても、
体を壊してしまえば、終的には
仕事を続けることはできません。

 

僕はそんな経験から悟ったのです。

 

結局はサラリーマンでいる限り、
働きつづけるというリスクから
逃れる事はできないのだと。

 

また、僕のように高卒で、
転職経験多めの人間は
もうホワイト企業への転職の
チャンスはないだろうな。

ということを悟ってしまったのです。

 

僕はそんな安定しない状態の
サラリーマンという生き方について、
以前よりまして疑問を抱くようになったのです。

 

その後、「うつ」も大分回復して、
精神的に安定してきたので、
今の会社に再就職を果たしました。

 

そして、サラリーマンとして働きつつも
収入を増やして生活を安定させる方法を
探していました。

 

そんな時にネットビジネスに出会ったのです

 

僕は常々、面倒なことは後回しにするという
致命的な悪いクセがありました。

 

また、飽きっぽくすぐに諦めてしまう。
という極めつけの悪い癖もセットでした。

 

しかし、ネットビジネスだけは、
後回しにしたらきっと後悔する!

 

と直感的に判断して、その時すぐに
挑戦することを決め行動し始めました

 

僕も最初は半信半疑でしたが、
藁にもすがる思いで必死に取り組みました

 

その時には彼女と結婚をしており、
責任ある立場だったのです。

 

さらには、サラリーマンに対して
不信感を抱いた状態なのですから。

 

ネットビジネスに必至に取り組んだ結果は

以下のようなものです。

 

1ヶ月目

296円(笑)

2ヶ月目

790円(笑)

3ヶ月目

3483円

4ヶ月目

6117円

5ヶ月目

46049円

6ヶ月目

28490円

7ヶ月目

97421円!!

 

ついに!7ヶ月目にして、約10万円を稼ぐことが

出来るようになったのです!!

 

その後も
安定して稼ぐことができるようになり、
記事の作成は、外注に頼むことで、
自分は他のサイトに注力出来るようになりました!

 

通常のアルバイトであれば、
決まった時間に働き、
決まったお金しかもらうことができません。

 

しかし、ネットビジネスの良いところは、
稼ぐポイントさえ押さえてしまえば、
あとは外注に依頼して、


自分は別のことを
していても
稼ぐことができるようになるのです!

 

つまり「自分の時間を切り売りせずに

稼ぐ力を手に入れることに他なりません。

 

この力があれば、同じノウハウを使って
さらに水平展開できればどんどんと稼ぎを
伸ばすことも可能なのです。

 

でも僕にとって一番うれしいことは、
サラリーマンという不安定な働き方
を安定させる方法が見つかったことです。

 

なぜなら

 

収入が増えれば、多少残業が減っても
ボーナスが減っても副業で補うことが
可能になります。

 

ネットビジネスを初める前は、
子供が産まれたらもっと
家賃の安い場所に引っ越して、
妻にも働いてもらうつもりでした。

 

また、それでもお金がなかったら、
アルバイトで足りない分のお金を
稼がなくてはならない。

 

と恐怖におびえていました。

 

なんせ、働くのが死ぬほど嫌いですから。

体も弱いですし(笑)

 

ですが、いまは将来のことを
しっかりと考えることができ、

希望に溢れた未来を
想像できるようになりました。

 

希望

 

真面目に言うとクサイ言葉ですが、
希望がある人生こそ生きがいが
あるのではないでしょうか?

 

・先の見えない不安定な生活から脱出したい!

(収入をプラスして安定した生活を送りたい。)

 

・安月給すぎて家族を養えないクソな生活を脱出したい!

 

・好きな時に外食に行けるようになりたい!

 

・自分の力で稼げるようになりたい!

 

・好きな時に旅行に行けるようになりたい!

 

・嫁に稼ぎのことで文句を言われてて肩身が狭い!

 

これは僕の悩みの本当に一部ですが、
多くの人が一度は感じることではないでしょうか?

 

ここまで僕の文章を読んでくれたあなたなら
なおさら感じるものがありませんか?

 

今の収入に月収+5万円することで
僕と一緒にこれらの悩みを解決しませんか?

 

もちろん+5万円と言わずに
10万円以上稼ぐことも十分に可能です。

 

ただし、ビジネスに絶対はありません。

 

また巷で言われている怪しいビジネスのように

1日に10分◯◯するだけで100万円儲かる。

というような魔法のような方法ではありません。

 

しっかりとした理論に基づき、
地味で地道な作業をする必要があります。

 

ただし、地道な作業ではありますが、
しっかりと継続することで必ず結果はついてくる。

 

と断言できます!

 

ここまで僕の体験を読んでみて、
ネットビジネスをはじめてみたいと
思った方は、是非、僕のメルマガに登録してみて下さい。

 

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